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日本の徴兵制の歴史、最近復活がささやかれているが?

日本でもかつては徴兵制度がありました。

集団的自衛権の容認による流れから、
徴兵制が復活するんじゃないか?
なんてニュースが聞かれるようになりましたが、

まずは、かつての日本の徴兵制についてどんなものだったのか、
興味ありませんか?

今回は、日本の徴兵制の歴史についてご紹介します。

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どんな制度だったか?


徴兵制は、国家が国民に兵役に服する
義務を与える制度です。

日本の徴兵制についてですが、
はっきりと徴兵制という名前ではないのですが、
これが徴兵制に当たるというところを解説していきます。

そもそもはじまりは、
明治5年の全国徴兵の詔がそれにあたります。

大日帝国憲法代20条に、日本臣民は法律定むる所により
兵役に服すと記されています。

さらに兵役法第1条には、帝国臣民たる男子は
本法の定むる所により兵役に服すとあります。

これがつまりは国民は兵役に服さなければならない
という意味になるのです。

この兵役法では、兵役が課せられるものは
内地と樺太に本籍がある、例外を除いた17歳から40歳
までのすべての男子
となっています。

そして戸籍上の戸主が家族に徴兵の適齢者がいる場合には、
徴兵適齢届戸いうものを本籍地の市町村に
提出しなくてはいけない義務がありました
。

いつ頃からいつまであったのか?


日本の徴兵制は、1872年の11月28日の全国徴兵に関する詔と
翌年1873年の1月10日の太政官布告無号徴兵令の布告によって
国民皆兵制がとられたことに始まります。

その徴兵令は1927年4月1日に廃止され、
これと引き換えに兵役法が公布されました。

これにより日本男子は満20歳になると
徴兵検査を受ける義務が課せられました
。

この徴兵制で太平洋戦争末期には700万人以上の人の
徴兵が行われたと言われています。

しかし第二次世界大戦に敗れた1945年に廃止されて、
それ以降は徴兵制は行われていません
。

徴兵検査ってどんなものだったのか?


徴兵検査は、越中ふんどし1枚になり身長、
体重測定、視力検査の後に軍医の前でふんどしを脱いで、
痔や梅毒を検査する方法がとられていました。

この検査が終わると順番に徴兵官の前に呼ばれて判定を受けます。

検査の結果は、甲種、第一乙種、第二乙種、丙種
といったランク分けがされていました。

身体や精神の状態が兵役に適さない人は丁種とされました。

徴兵検査で甲種となると、現役徴収の可能性が
きわめて高いことになります。

丁種以外は兵役原簿に記載されこの原簿から誰を
招集するかの権限は、連隊句司令部が持っていました。

1939年に抽選制度が廃止されるまでは
必要な人数が抽選で決められていました。

さいごに

日本の徴兵制の歴史についてご紹介しました。

このように昔は日本でも徴兵制が取られていました。

今でも世界の各国で徴兵制が敷かれています。

日本に徴兵制がないのは、戦争を放棄した証だと思います。

最近復活がささやかれるようになってるのは、
子供を持つ親としては、決してひとごとではなく、
十分注意していかなければいけない重要なニュースだと考えています。

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